日本は周囲海に囲まれています。昔から殆ど蛋白源は水産動物から摂取していました。
敗戦後食べる物が何もないという時代に経済復興したのは南氷洋の捕鯨からでした。船団を組んでどんどん捕りました。鯨は魚ではありませんが食べ物に飢えていた日本人には貴重な蛋白源となり、食糧と経済にたいへん貢献しました。
先日退会された花田さんのお姉さんのご主人は日本水産の捕鯨砲手をしておられました。帰港すると英雄のような扱いであったそうです。
その当時は日本人の3人に1人は何らかの水産関係に関わっていたというくらい水産立国であったわけです。しかし、鯨を捕りすぎました。ロシア船などはベーリング海にいた北洋鯨を殆ど捕り尽くしました。この捕りすぎの問題と「鯨の目は可愛い」とグリンピースによる鯨の保護運動のため捕鯨禁止になりました。
そして禁猟になって20年以上も経つ現在では逆に鯨が増え過ぎてしまい、特に有歯鯨、例えばマッコウ鯨は深海4,000メートルくらい潜りエサを食べます。大西洋のタラなどは年間30万トンくらい捕れていました。それが絶滅種に指定しなければならないというところまで減りました。カナダの東海岸にニューファンドランドという所には昔から鯨観光船がありました。
この観光船に乗って鯨が見れたら神の思し召しであると言われるぐらい稀種であったのが、今は乗れば必ず見られます。
ということで、魚が鯨に喰われてしまいますので水産国のノルウェーやアイスランドは捕鯨を開始しました。開始はしたものの鯨の肉を食べるのは日本人しかいません。
捕った肉を買ってくれといわれてもワシントン条約で輸入ができません。加えてグリンピースから猛烈な抵抗があり、結局は鯨を捕る、捕らないでもめている状態です。
適当に捕獲しないと逆にエサがなくなって鯨自体も減るのですが、力のあるアメリカの反対が強く、今だ捕鯨は解禁になっていません。
ここにアメリカの勝手が見え隠れします。建国当時はベーリング海でどんどん鯨を捕っていました。その目的は油を採るためでしたので肉は捨てていました。その油が石油に代わり鯨の油が必要なくなると、今度は鯨は可愛いから捕るなと言い始めたのです。
日本人の食糧としての捕鯨にも聞く耳持たずの反対です。そして狂牛病が大きな問題になっているにも関わらず牛肉は買えと日本に迫っています。
本当にこの勝手のために悔しい思いもします。
同時に我々の原料としている筋子ですが、筋子は生からでないと筋子になりません。冷凍した原料からですと解凍すると筋子にならずジュース状になってしまいます。水産大学でも生からでなければできないと教えています。したがって、大勢の日本人技術者をアラスカに送り込んでしょっぱい筋子を造ります。しかし、そこには問題もあります。まずものすごく塩度が高いということです。塩度が7〜10%くらいないと筋子になりません。
マーケットが小さくなっていると同時に技術者を送り込むためコストが高くなります。
さらに年に1回より持って来れないため販売業者は年に1回より買えないし買わなければならないわけです。
一方、業界のニーズとしては低塩時代を反映して需要も減ってきているので塩度5%以下にしようということと、販売店が日配で買えるようにすること、そして、一定の良品質で供給することです。
従来より筋子は当たりものでした。
今でも生は当たりものですが、それを技術向上により冷凍ものから採れるようになったことなどによりニーズに応えれるようになりました。そこで、資源は殆どアラスカでしたので何とか鮮度の良い方法で捕れないものか交渉しましたが、漁獲方法が国で定めているため取り合ってくれません。
一定の漁獲枠を国で決めて、後は漁師が鮮度も何も関係なくどんどん捕れるだけ捕ります。
もったいないので鮮度の良い状態でできないのかと交渉しても「これは我々の方式だからこの我々の捕ったものを買えばよいのだ」と言って聞く耳を持ちません。
これがアメリカ人の考えです。しかたがないのでそれまでポツポツ捕っていたオホーツク海での資源に目を向けてロシア人と交渉して直接指導にあたりました。
鮮度の良い状態で確保するには船上冷凍が不可欠ということでノルウェーからスティルコーダー船という優秀な船を買い、漁獲したその場で冷凍するなど技術指導をした結果、非常に良い原料が採れてニーズ以上のものをクリアしてマーケットを作り上げました。
ところが何年も経つとノウハウも何もすっかりオープンになってしまって、今や「高く買ってくれるなら売ってやるよ」といった調子で原料の入手に苦労しているようです。
つくづく資源のない国の悲哀を感じているような状態です。
ヨーロッパでは激減している鱈の養殖をノルウェーのフィヨルドでオランダの会社の技術により始めています。今年が出荷元年です。
3千万トンもあったビジネスですからキロ千円としても3千億円です。脇野沢でも稚魚の放流などを行っているようですがあまり回帰はしてないようです。日本では沿岸すべて漁業権があって1メートルたりといえども企業の入り込む余地がありません。企業のノウハウやマーケットニーズに対応するということがないとビジネスは大きく育ちません。
悪魔の漁業とは魚がいなくなった原因となった漁業の主なものです。
まず「ナイロンの刺し網」です。昔は網は綿糸でしたがナイロンなどの化繊に代わり海の中でも腐らなくなりました。ナイロンの網でも切れて浮遊します。コレに魚が引っ掛かって重みで沈みます。沈んで魚が腐るとまた浮いてきます。これに魚がまた引っ掛かり沈むのが繰り返されるのです。
次に北洋の母船式鮭鱒漁業ですが、すでに現在は行っていません。当時北洋では魚が溢れ、流し網で40〜50kmくらい流すとびっしり魚が掛かりました。とても母船の1隻や2隻で処理しきれる量ではありません。
比較的値段の高い鮭だけ獲って、あとは鱒でもなんでもみんな捨ててしまうのです。おそらく何十万トンという魚をそうして殺していたと思います。
しかし、鮭や鱒は養殖や回帰性を利用して放漁していますので資源としては比較的安定していると思います。
3番目にオホーツクの助惣鱈の乱獲があります。200カイリ制定後日本はロシア(当時のソ連)に入漁料を払って西カムチャッカや東カムチャッカで魚を獲っていましたが、ほとんどが助惣鱈の漁です。
一時は50万トンほども獲っていましたがロシア船に締め出され、ロシア船が助惣鱈を獲るようになりました。水揚げ量の5%くらいがタラコです。オホーツクで2万5千トン、もう一つは今でも漁獲しています北米アリューシャンで2万5千トンくらいのタラコの量になります。
日本人が卵を高く買うものですからロシア船は獲り尽くしてなくなってきているのに、それでも獲っています。種族保存の本能からでしょうか本来なら成魚でなければもたないはずの卵を幼魚でももつようになりました。それでも獲っているのです。非常に悲しい事です。
北米アリューシャンの鱈はかつて全量日本に入ってカマボコ原料となっていましたが、今はフューレとなってヨーロッパに、そして日本の技術で開発した蟹カマボコが全世界に広がり、日本に鱈を売らなくてもいいとまで言われています。
昔は日本海沿岸にも助惣鱈はたくさんいました。今でも羅臼噴火湾ではまだ獲っていますが、最近は頭越しに韓国に生で空輸しているそうです。青森県のヒラメも韓国に輸出されます。向こうは安くてよい昆布があるので昆布締めにして逆輸入されています。
世界的にも水産物を食べるようになりました。
ホヤは昨年の三陸沖の2年ものは全部韓国に輸出されました。日本で獲れる秋鮭は全部中国に輸出されました。鰊は殆どロシア向けです。
イクラはロシア語です。キャビアが激減しイクラの需要が増えてきたため私共の筋子の原料も調達が厳しくなってきました。アメリカでは寿司ネタの需要が倍々で増えています。欧州でも魚の消費量がどんどん増えています。寿司は勿論ですが北欧産トラウトサーモンはかつては日本でかなり消費されましたが、最近では殆ど欧州で消費されています。日本に入って来るトラウトサーモンはチリ産で、肉質は良いのですが卵があまり良くありません。
このように魚の需要は世界的に増えていますが魚の卵はまだ大半が日本マーケットです。
数の子は太平洋産が硬くて価格も格も上で「ホンチャン」と言われていますが、ロシアに行く数の子は欧州産の柔らかい格下の数の子です。「ホンチャン」は関西以西でマーケットが大きく、特に九州では「ホンチャン」にあらずば数の子にあらずとも言われているくらいです。しかし数の子のマーケットは今や激減しこれからも落ち込んで行くだろうと予測されています。
これからの魚は養殖の時代です。掠奪式の漁業は将来姿を消すでしょう。
天然の魚を食卓に並べるなどは今後できなくなるでしょう。
トラウトサーモンも養殖です。欧州の鱈の養殖は地球の将来の漁業を観る思いです。養殖にはエサが重要です。今年フィンランドのエサのメーカーが同じくフィンランドの携帯電話メーカーのノキアと同じ利益を上げたそうです。
農産物や成長アミノ酸など研究の結果だと思います。
これはもはや第1次産業ではなく完全なハイテク産業ではないでしょうか。
日本も早くから養殖技術が進んでいましたが企業家精神で進まないと単に漁師さんで終わってしまいます。
鱈を30万トンくらい造る企業家精神、そしてそれを造る環境も必要です。
アワビの養殖技術は日本で開発されましたが今は中国にすっかり持って行かれてしまいました。
日本のプラントメーカーは倒産しました。
しかし中国はすごい。いくらあっても足りないと言っています。ホタテも日本の技術で養殖したわけですがまだ足りないそうです。
中国も沿岸の魚は獲り尽くしました。養殖魚、養殖海草、養殖貝類の生産は世界一です。
その技術はみんな日本から持って行ったものです。
日本も何とかしなければ日本人の水産資源、タンパクは将来悲しい状態になるのではないでしょうか。
グローバルに百年の大計を立て、漁業権ばかりが全面に出るのではなく政治も民間も事業家もみんな一緒になって考えて進まなければ大変な事になると思います。
|