私は人の一生を長く研究しておりますが、人は既に運勢の3分の1を持って生まれてきます。もう3分の1は努力をして変えられて行きます。ですから3分の2まではある程度までの成功者がやっています。
ところが郷土に、世界に名を残す人はあとの3分の1に神仏の加護があり、神に選ばれた人であると思います。近年はこういう人がいなくなりました。経営者もそうです。世界でも資産家として知られる堤さんにしても情けないような状態です。これはやはり大きなことを忘れているからです。宇宙ができて150億年になりますが宇宙的暦で考えると人間は12月31日の午後10時過ぎに誕生したことになります。1日が約4千万年ですから人間の文化はたったの5秒です。この5秒で人間が地球を支配し、今や宇宙へ行こうとしています。科学も進歩し、いろんな物が解明され、知識は発達していきますが、頭と感覚でだけ物を覚え、体を使わないようになったために便利になればなるほど幸せにはなれなくなっています。
八甲田神社は父と私で造りました。父は青森中学を4年で中退し、9年後に北斗高校の夜間部に1年入り、卒業後東奥日報に務めて直ぐ体調を崩し、それからは苦労の人生でした。しかし、何百年前から起因するような難しい運勢を相談に来た人にアドバイスしたり、病院に行っても治らない、生活が苦しいと言った人をたくさん助け、その原因を生涯かけて研究した人でした。
そんな父の後ろ姿を見て育ち、私が神様に目覚めたのはかぞえの5歳の時でした。神様や父の生き方が好きで神主になりましたがまさか今日八甲田神社の2代目の宮司になるとは思いもつきませんでした。いまでは仕事は寝食を惜しんでも余るほどあります。人に説くことや土蔵に山ほどある父の研究書物を勉強することなどで一杯です。
人間は神様が創った地球に対して久しく感謝を忘れています。世界的な地震や台風はその現れです。今ではやらない人もいるようですが地鎮祭は神様にこの土地をお借りするお願いです。私達がお祀りする時、青い木にごへいを建てて神様を呼びますと目には見えませんが神様が来ます。昔の人はそれを信じて敬謙な祈りを奉げましたが、現代人は科学の進歩により実験に培った物や証明された物でなければ信じなくなりました。
見えない神様を信じなくなったのです。
生まれて3分の1の運、努力で造った3分の1の運、そしてあと3分の1を人間の感覚に合ったことだけやって終わるので後世に残りません。
芸術家でも後世に残る人と言うのは神様や仏様の魂を貰っているし、受けているし、求めているのです。それがのり移った時に後世に残る作品を創っていくのです。これは真似ができません。
人は誰もが自分を守ってくれる様々な先祖からの神様とか仏様とかがあります。忙しいためにそれを確認する時間がないのです。また、青森のような寒い国の人に多いのですが神様の魂を貰ってそれを生かせず、掴み切れないで終わって行くのです。
人間は便利になった素晴らしい物をどんどん作って生活していますが、神様を捉える感覚は全く変わっていません。例えは暇を焚いて汽車を乗り継いで神社へ来て1円とか御縁があるなどと5円とかお賽銭をあげる人がいます。
これは他のどこにの世界も通用しないのですがずっと当たり前のようにやってこられています。
神様はお賽銭の百倍〜千倍のお返しをしているのです。1円入れたら百円〜千円のお返しをしてくれているのです。
銀行に例えたら千円預金した人、1万円預金した人、1億円預金した人それぞれ利率はほぼ同じですが、では千円預金した人にはいくら返りますか?それでいて皆さんと同じような金額が欲しいと言っても無理です。外の世界では通用しないのに神様にはそれを求めるまったく自分勝手な信仰なのです。
1反歩あれば1反歩、1町歩あれば1町歩の収穫が上がりますがそれには経費がかかります。それを1反歩で1町歩の利益が欲しいと言っても無理なのです。
それを宗教となるととんでもないご利益を求めるのは身勝手な解釈です。
人は自分の職業以外のことを知らないといけません。
いろんな角度から発想して行かないと上手く運びません。松下さんは一つの神様をずっと信じつづけ、お参りするたびに新しい発想が生まれました。
霊の世界というのは過去、現在、未来は言葉だけの区切りで境がありません。
20年前だから古いといったことはないのです。10年後は未来ですが区切られないのです。そう言う世界で現在話している訳です。時間のない世界ですから時間によって古い、新しいといったことがないのです。そういう霊に獲り付かれますから先々を知りますので行き詰まらないのです。
その土地に生まれたらまずそこの神様に感謝することです。それは言葉ではなく裏付けをきちんとして、そこから目覚めていくことです。そしてその神様を捉えていければ運が開けるのです。
|